その日、僕は遠方の得意先での打ち合わせが長引いてしまい、会社に戻ることなく直帰することにした。時刻はすでに深夜12時を回っている。最寄り駅から自宅までは徒歩15分ほどだが、人気のない住宅街を歩くのは少し心細い。
夜風が冷たく、早く帰りたい一心で足を速める。すると、不意にどこからか猫の鳴き声が聞こえてきた。
「ニャー……」
住宅街のどこにでもいる野良猫だろうと気にしないようにしたが、その声が妙に耳に残る。先ほど聞こえた声が、また近くから響くような感覚がした。
「ニャー……ニャー……」
目次
古いお地蔵様
鳴き声を辿るように進むと、路地の先にぼんやりと石の影が見えた。
「こんなところに、お地蔵様……?」
街灯に照らされた小さなお地蔵様が、住宅街の角にひっそりと佇んでいる。その存在に今まで気づかなかったことに、妙な違和感を覚えた。何度も通った道のはずなのに、ここにお地蔵様があった記憶は一切ない。
赤い前掛けが薄汚れ、何十年も放置されているように見えるが、その目はどこか優しげに僕を見つめているようだった。
鳴き声の変化
しばらく立ち止まっていたが、気味が悪くなり家に帰ろうとした。すると、またあの鳴き声が聞こえた。
「ニャー……」
今度は明らかに近い。振り返ると、路地の奥に猫のような影が見えた。
ただ、その影は普通の猫ではなかった。体は猫ほど小さく見えるのに、四足で歩かず、ゆらゆらと立ち上がっている。
「ニャー……」
声を上げながら、その影はゆっくりとこちらに近づいてくる。
逃げ出した先に
全身が凍りついた。目を逸らしてはいけない気がしたが、恐怖に駆られた僕は一目散にその場から走り出した。心臓が爆発しそうなほど早鐘を打つ中、足音だけが路地に響く。
ようやく振り返ると、影はもういなかった。ほっとしたのも束の間、また耳元で聞こえた。
「ニャー……」
すぐ近く――声はまるで僕の背後から響いているようだった。
お地蔵様の力
絶望的な気持ちで路地を進んでいると、目の前にもう一体のお地蔵様が現れた。こちらは先ほどのものよりも新しく見え、赤い前掛けも綺麗に整えられている。
そのお地蔵様を見た瞬間、後ろから聞こえていた鳴き声がピタリと止んだ。
「……助かった?」
安堵と共に振り返ると、そこには何もいない。ただの静かな夜道が広がっているだけだった。
僕はお地蔵様の前で立ち止まり、そっと頭を下げた。まるで守られたような気がしてならなかった。
後日談
翌日、あの路地にお地蔵様があることを確かめに行った。しかし、そこには何もなかった。古びたお地蔵様も、新しいお地蔵様も、全て消え失せていたのだ。
それ以来、あの夜の猫の鳴き声を聞くことはなかったが、通勤で夜遅くなった時には無意識に頭を下げる癖がついた。あの夜見たお地蔵様が、どこかで僕を見守ってくれているような気がするからだ。
しかし時々、夜の静寂の中で微かに「ニャー……」という声を思い出すと、背筋が寒くなるのを感じる。
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