目次
【プロローグ】
営業職の隆也は、2週間の長期出張で地方都市を訪れていた。慣れない土地での業務に忙殺されつつも、仕事終わりの散歩が彼にとって唯一の癒しだった。
滞在中のビジネスホテルを中心に、駅周辺の飲食店街や静かな住宅街を歩くのが日課となり、日に日に新しい道を見つける楽しみも増えていた。だが、ある夜、彼はその散歩の中で奇妙な体験をすることになる。
【見知らぬ通り】
その日は仕事が早めに終わり、いつもより少し長く歩いてみることにした。知らない路地を曲がり、暗がりの住宅街を抜けた先で、隆也は古びたアーケード街を見つけた。
「こんなところに商店街があったのか…」
薄暗い電球の光が、シャッターの降りた店々を照らしている。時代遅れの看板や、錆びた自動販売機が並ぶその光景は、どこか懐かしくも不気味だった。
【営業中の店】
アーケードの奥へ進むと、一軒だけ明かりが灯る小さな喫茶店を見つけた。扉には「営業中」の札がかかっており、店内から微かなジャズが流れている。
「ちょっと一息つこうかな。」
隆也は扉を押し開けた。
【奇妙な客たち】
店内は狭く、4つのテーブル席があるだけだったが、そのうち3つは既に埋まっていた。
テーブル席に座る客たちは、どこか普通ではない雰囲気を纏っていた。
一番奥の席に座る男性は、古いスーツを着ていて、手元には分厚い書類の束があった。隆也が入店すると、彼はちらりと視線を上げたが、すぐに無表情のまま書類に目を戻した。
隣のテーブルには、若い女性が一人。彼女は真っ赤なノートに何かを書き込み続けており、顔を上げることは一度もなかった。
もう一つのテーブルでは、年配の夫婦が向かい合って座っていたが、言葉を交わす様子はなく、ただ静かにコーヒーカップを眺めているだけだった。
「いらっしゃいませ。」
柔らかい声に振り向くと、カウンターの奥から店主らしき女性が微笑んでいた。年齢は40代くらいだろうか。どこか落ち着いた雰囲気で、彼女の存在だけがこの空間の奇妙さを少しだけ和らげていた。
【特別なメニュー】
「こちらにどうぞ。」
女性に促され、隆也はカウンター席に腰を下ろした。
「何になさいますか?」
メニューを見ると、コーヒー、紅茶、そしてサンドイッチといったシンプルな品が並んでいる。しかし、ページをめくると「特別な一杯」とだけ書かれた項目が目に入った。
「特別な一杯って、何ですか?」
「それは…お客様が一番必要としている味になります。」
女性の穏やかな微笑みに不思議な説得力があり、隆也は少し迷った末にその「特別な一杯」を頼むことにした。
「かしこまりました。少々お待ちください。」
【一口の記憶】
カップが運ばれてきた瞬間、隆也は驚いた。コーヒーの香りが妙に懐かしく、記憶の奥底から引っ張り出されるような感覚に襲われた。
「これ…小さい頃に、父親と行った喫茶店の匂いだ。」
カップを手に取り、一口飲むとさらに驚愕した。そこには、幼い頃に父親が作ってくれた思い出のコーヒーの味がそのまま再現されていたのだ。
「どうしてこの味を…?」
思わず尋ねると、店主は静かに微笑んだだけで答えなかった。
ふと周囲を見ると、他の客たちもまた、自分だけの「特別な一杯」を楽しんでいる様子だった。女性は微かに涙を浮かべながらノートを閉じ、夫婦は互いに微笑み合いながらコーヒーを飲んでいた。
【もう一つの選択肢】
しばらくして、店主が近づいてきた。
「お客様、こちらの一杯がお気に召しましたか?」
「ええ、とても美味しいです。でも、どうして…」
「この店は、道に迷った方が立ち寄る場所です。そして、ここで少しだけ立ち止まり、自分を見つめ直していただくんです。」
「自分を…見つめ直す?」
「はい。それで、戻られるか、それとも新しい道を選ばれるか…それはお客様次第です。」
女性はカウンター越しに一冊のノートを差し出した。中には、隆也がこれまで歩んできた人生の記録が綴られていた。
【戻る道】
ノートを読み進めると、隆也は自分の心の奥にある本音に気づいた。仕事への疲労、将来への不安、そして忘れていた夢。
「あなたはどうされますか?」
店主の問いかけに、隆也はふと店内の時計を見る。時刻は21時を指しているが、いつの間にか入店してから何時間も経っているような感覚だった。
「戻ります。自分の足で、自分の道をもう一度歩きたいです。」
「分かりました。また迷われた時は、こちらにどうぞ。」
女性の言葉に送られ、隆也は店を出た。
【エピローグ】
ホテルに戻る道中、隆也はアーケード街を振り返ったが、そこにはもう「営業中」の喫茶店は見当たらなかった。ただの静かなシャッター街が広がっているだけだった。
翌日から、隆也の心には不思議な落ち着きがあった。仕事の忙しさは変わらなかったが、彼は以前よりも前向きに取り組む自分に気づいた。
ふとした時、彼はまたあの喫茶店に行きたいと思うことがある。だが、それ以来、同じアーケード街を探しても二度と見つけることはなかった。
あなたも迷ったとき、その「特別な一杯」に出会えるかもしれない。そしてそれが、新しい一歩を踏み出すきっかけになるかもしれない。
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