目次
プロローグ
主人公の隆二(りゅうじ)は50代の男性で、最近散歩が趣味になっていた。近所にはちょっとした林道があり、彼はその道を歩きながら自然に触れる時間を楽しんでいた。
その林道は舗装されておらず、まるで山道のような雰囲気を持つ。鳥の声や木々のざわめきに包まれたその場所は、隆二にとって忙しい日常から解放される特別な場所だった。
ある日、いつもどおり林道を歩いていると、ふと見慣れないわき道が目に入った。
獣道から湧水へ
その道は狭く、人の手がほとんど入っていないようだった。明らかに獣道かもしれないと分かる雰囲気に、隆二は少しためらったが、好奇心に駆られ、その道を進んでみることにした。
道は細く、足元に落ち葉が積もり、ところどころ小さな動物の足跡が残っている。しばらく進むと、風が変わり、ひんやりとした冷気が漂ってきた。
すると、小さな湧水が目の前に現れた。湧き出る水は透明で、澄んだ流れが足元の苔を輝かせている。湧水の近くには、古びた木の看板が立てられていた。
看板の不思議な説明
看板には、手書きのような文字でこう書かれていた。
「忘れ川の水」
この水を飲むと、忘れたいことを一つだけ忘れることができる。
ただし、何を忘れるかを選ぶことはできない。
隆二はその文言を読み、思わず笑ってしまった。
「随分と変わったジョークだな。でも、ここに誰かがわざわざこんな看板を立てたんだ。面白い。」
そう思いながら湧水を見つめていると、どこか引き込まれるような感覚に襲われた。
湧水を飲む
少し逡巡した後、隆二はその水を飲んでみることにした。手で掬った水は冷たく、口に含むと、驚くほど滑らかで清らかな味がした。
「美味しい水だ……ただの湧水なのに、こんなに美味しいなんて。」
その場では特に何も変わらなかった。隆二は「忘れられる」という話をただの作り話だと思い、その日はそのまま帰路についた。
しかし、家に戻ってから、ある異変に気づいた。
記憶の喪失
隆二は本棚からお気に入りの小説を取り出そうとしたが、手が止まった。その本を読んだ記憶がすっぽりと抜け落ちていたのだ。ストーリーどころか、登場人物や感想すら思い出せない。
「こんなことあるのか? 何度も読んだ本なのに……。」
さらに翌日、散歩仲間との会話で、彼らが以前の旅行について話している際にも、隆二は違和感を覚えた。自分が確かに参加したはずの旅行の記憶が、まるで欠け落ちていたかのようだった。
「まさか……。」
隆二は看板の言葉を思い出した。
「忘れたいことを一つだけ忘れることができる。」
しかし、何を忘れるかは選べない――。
不思議な現象
隆二は湧水の元へ戻り、再びその水を飲んでみることにした。今度は何が起きるのかを試したかったのだ。
しかし、次の日になるとまた別の記憶が抜け落ちていた。今回は、彼が苦労して解決した仕事のトラブルについての記憶だった。
奇妙なことに、それらの記憶が消えても、隆二の心は軽くなっていた。忘れたことに対して罪悪感や不安を感じることがない。それどころか、肩の荷が下りたように感じられた。
「忘れるって、こんなにも楽なことなのか……。」
湧水の正体
湧水を繰り返し飲むたびに、隆二の記憶からは少しずつ過去の出来事が消えていった。最初は些細な記憶だったが、次第に大切な人との思い出や、人生の節目となった出来事までも消えていった。
彼は湧水に行くのをやめようと思ったが、いつの間にかその水を飲むことが習慣になっていた。それは、過去のしがらみや後悔から解放されるための唯一の手段のように感じられたからだ。
ある日、再び湧水を訪れたとき、看板に文字が追加されていることに気づいた。
「忘れすぎれば、自分自身が消える。」
その一文を見たとき、隆二は全てを悟った。
結末
湧水を飲むのをやめた隆二は、消えてしまった記憶の空白を埋めるように、写真を眺めたり日記を読み返したりする日々を送った。完全に元に戻ることはなかったが、彼は次第に「忘れることの意味」を受け入れられるようになった。
そして、もう湧水を訪れることはなかったが、林道を歩くたびに冷たい風が吹くと、ふとあの看板と清らかな水の味を思い出す。
「忘れることも、覚えていることも、どちらも大事なんだな……。」
彼は静かにそう呟き、今日も林道を歩いていった。
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