その日、私は職員室で一人、遅くまで作業をしていた。文化祭が近いこともあり、提出された計画書や準備に関する資料の確認が山積みだった。時計を見ると、すでに夜の10時を回っている。
「今日中に終わらせないと…」
集中して書類に目を通していると、ふと廊下の方から小さな声が聞こえてきた。最初は気のせいかと思ったが、耳を澄ますと確かに複数の声が混じっているのが分かる。
「こんな時間に…まだ生徒が残ってるのか?」
私は疲れた頭を振りながら立ち上がり、声のする方へ向かった。廊下は薄暗く、消灯した校舎の冷えた空気が肌に触れる。声は階段を上がった先、2階の教室あたりから聞こえてくる。
2階に上がると、廊下の突き当たりにある教室の電気がついているのが見えた。そこから、確かに話し声が聞こえてくる。明るい笑い声や何かの相談をしているような声――普段の昼間の教室で聞くのと変わらない雰囲気だ。
「まだ帰っていなかったのか…注意しないと。」
私は教室のドアの前に立ち、中を覗いた。その瞬間――全身が凍りついた。
教室には10人以上の生徒が座っていた。机を囲んで話をしている者、本を読んでいる者、窓際で外を眺めている者――昼間の学校と何ら変わらない光景に見える。
だが、よく見ると、彼らは「普通の生徒」ではなかった。
全員が、無機質な笑顔を浮かべていた。目は焦点が合わず、どこかガラス玉のように冷たく光っている。その笑顔は、生気のない顔に無理やり貼り付けられたような不自然さを持っていた。
「……これは…」
私は言葉を失った。息をするのも忘れそうな恐怖が背中を冷やす。彼らの動きはどれもぎこちなく、何か人間らしい「自然さ」が欠けている。それでも、声だけは楽しげに響いている――だが、よく聞いてみると、それは「声のようで声ではないもの」だった。
「カァ…ッ、オォ…アァ……」
彼らの口から漏れる音は、確かに人間の会話を模倣しているように聞こえた。しかし、そこに意味はなかった。単なる音の羅列が、教室の中でこだましている。
私は足が震え、後ずさった。手に汗が滲み、どうにか冷静になろうとするが、視線を彼らから外せない。
その時、教室の中の一人が、ゆっくりと首をこちらに向けた。焦点の合わない目で、私をじっと見つめ、引きつった笑顔を浮かべたまま――
「アァ……オォ……」
口が開き、意味不明な音が漏れた。その瞬間、全員が一斉にこちらを振り向いた。
「……ッ!」
私はその場から逃げ出すように走り出した。廊下の冷たい空気が肺にしみる。後ろを振り返る勇気はなかった。階段を駆け下り、職員室まで一気に戻る。
「何だ…あれは…?」
息を切らしながら椅子に腰を下ろし、頭を抱える。心臓は激しく脈打ち、汗が背中を伝う。
だが――廊下から再び、足音が聞こえた。
「こんなところに紛れ込んでしまったのか…」
私は背後から聞こえた声に驚き、振り向いた。そこには、制服を着た警察官のような、だが警備員にも見える男性が立っていた。彼は静かに私を見つめ、ため息をつく。
「ここにいるべきじゃない。もう、ここには来ちゃダメだよ。」
その声はどこか穏やかで、私の心を少し落ち着けた。彼の言葉を聞いた瞬間、視界がぼやけ、意識がふっと遠のいた。
気がつくと、私は職員室のデスクに座っていた。時計を見ると、時刻は夜の10時を少し回ったところだった。先ほどまでの出来事は、まるで夢だったかのように頭の中にぼんやりと残っている。
「……夢…だったのか?」
しかし、あの無機質な笑顔と耳に残る奇妙な音は、今でも鮮明だ。私は椅子から立ち上がり、そっと教室の方へ耳を澄ませた。
そこにはもう何の声も聞こえなかった。
だが、それでも――私は二度と、夜遅くに校舎を歩くことはしないと固く誓った。
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