大学の夏休み、俺たち四人は山奥にある廃病院へ肝試しに行くことになった。
その病院は「あるはずのない患者がいた」と噂されている場所だった。
「廃院になる直前まで、そこにいた患者の記録が一切残っていないらしい」
「つまり、"存在しない患者"がいたってことか？」
「それだけじゃない。今もその患者が病院にいるって話もある」
オカルト好きの友人・田中がそう言って、不気味に笑った。
目次
山奥の廃病院へ
夜10時過ぎ、俺たちは車で山道を登り、目的の病院へと向かった。
到着すると、そこは噂通りの不気味な廃墟だった。
入り口のガラス扉は割れ、内部は廃材や落ち葉で荒れ果てている。
だが、不思議なことに——
なぜか床だけは妙にきれいだった。
まるで、誰かが"今でも"掃除をしているように。
「……本当に誰かいるんじゃないか？」
そう思ったが、好奇心には勝てなかった。
俺たちは懐中電灯を手にし、病院の奥へと進んだ。
消されたカルテ
「おい、ここ、カルテ室だってよ」
田中が指さしたのは、古びた診療記録室だった。
鍵は壊れており、中には大量のカルテが散乱している。
しかし——
「……おかしくね？」
「何が？」
「全部のカルテ、患者名のところが消されてる」
よく見ると、どのカルテも名前の部分だけ黒く塗りつぶされている。
「もしかして、噂の"存在しない患者"のやつもあるんじゃ……」
そう言っていると、ふと奥の棚に一冊だけ、綺麗に残されたカルテがあることに気づいた。
田中がそれを手に取る。
カルテには、こう書かれていた。
「○○○○（塗りつぶし） 26歳 男性」
「名前が消されてる……」
田中は興奮していたが、俺はあることに気づいてしまった。
そのカルテに書かれている患者の年齢と性別——
まるで今の俺と同じだった。
「次の患者は——」
その瞬間——
「次の患者は、あなたです」
どこからか、かすれた声が聞こえた。
「……誰か、言った？」
俺たちは顔を見合わせた。
誰も口を開いていない。
なのに、ハッキリと耳元で聞こえた。
「おい、もう帰ろうぜ……」
だが、田中はまだカルテを見つめていた。
「……あれ？ これ、俺の字じゃね？」
「は？」
「このカルテの字、俺が書いたみたいにそっくりなんだよ……」
その瞬間、背後の棚がガタガタと揺れた。
「やばい、逃げろ！！」
俺たちは一目散に診療記録室を飛び出した。
廊下を駆け抜け、入り口へと向かう。
だが——
なぜか、出口が見つからなかった。
確かに入ったはずのガラス扉が、どこにもない。
「おかしい、ここから入ったはずだろ！？」
「どうなってんだよ……！」
パニックになった俺たちは、いつの間にか病院の構造が変わっていることに気づいた。
まるで、"俺たちを閉じ込めようとしている"かのように——。
病院の外へ
どれくらい走ったかわからない。
突然、目の前にあのカルテ室が現れた。
「……また戻ってきた？」
信じられなかった。
さっき逃げてきたはずなのに、また同じ場所にいる。
「もうダメかも……」
その時——
ガシャン！！
突然、どこからかガラスの割れる音がした。
「……外だ！！」
音のした方へ駆け寄ると、割れた窓の向こうに見覚えのある駐車場が見えた。
俺たちは迷わず窓を乗り越え、外へ飛び出した。
病院の外に出た瞬間、妙な感覚に襲われた。
今まで重く圧迫されていた空気が、一気に消えたのだ。
俺たちは無言で車に乗り、山を下りた。
二度と、あの病院には近づかないと誓いながら——。
最後に気づいたこと
帰宅後、落ち着いてから気づいた。
俺が逃げる前に手に持っていたはずの"存在しない患者のカルテ"が——
ポケットの中に入っていた。
そして、そこには新たな文字が追加されていた。
「次の患者は、田中」
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