目次
序章──格安物件の裏事情
社会人3年目の森田翔太は、転職を機に一人暮らしを始めることになった。
不動産サイトで見つけた物件は、駅徒歩5分・家賃5万円。都内にしては異常に安かった。
「まぁ、ラッキーってことでいいか」
内見の日、不動産会社の担当者はやけに早口で説明を始めた。
「こちらの物件、いわゆる告知事項あり物件です。ただし、現在は特に問題なくお住まいいただけます」
「告知事項……?」
「ええ、まぁ、過去に少し心理的瑕疵(しんりてきかし)があっただけでして……」
心理的瑕疵。
つまり過去に事故や事件が起きた物件ということだ。
「どんな内容ですか?」
「あー……まぁ、詳しくはご契約後にお話ししますので」
不安はあったが、安さに惹かれた翔太は契約を決めた。
それが、後に取り返しのつかないことになるとは思わずに。
第一章──違和感
引っ越し初日。
荷物を運び込み、夜になったころから小さな違和感を覚え始めた。
キッチンの隅や、押し入れの中から、ふと冷たい視線を感じるのだ。
「気のせい、だよな……」
寝る前、シャワーを浴びていると、換気口の奥から誰かのうめき声のようなものが聞こえた。
「……うぅ……ぅぁ……」
「え?」
慌ててシャワーを止め、耳を澄ます。
──シーン……
何も聞こえない。
「……気のせいだ、疲れてるだけ」
そう自分に言い聞かせ、布団に入った。
第二章──告知事項の内容
翌日、不動産会社から電話が入った。
「あ、森田さん。すみません、昨日お話しできなかった件で……」
「あぁ、心理的瑕疵の内容ですか?」
「……ええ。えっとですね……この物件、3年前に住人が失踪しています」
「失踪?」
「はい。ある日突然、住人の方が部屋から消え、見つかっていません」
「でも、事故物件じゃないんですよね?」
「そうなんです。ただ……失踪の数日前から『誰かが部屋にいる』と何度も通報がありまして……」
「誰かが……?」
「ええ。夜中に壁を叩く音とか、『部屋の隅に誰かが立っている』という証言もあったそうです」
「……それで、怨霊退散とかしました?」
「ああ、はい。実は前の住人がいなくなった後、神主を呼んで怨霊退散の祈祷をしました」
「……じゃあ、今は安全ってことですよね?」
不動産担当者は、妙に言葉を濁した。
「ええ……今のところは……」
その瞬間、「ドンッ!!」と壁を叩く音が聞こえた。
翔太は凍りついた。
「……今、誰か来てます?」
「いえ、私たちは今、会社にいますが……」
「いや、壁の向こうから誰かが叩いて……」
「森田さん!! すぐに部屋を出てください!!」
電話の向こうで、担当者の声が悲鳴のように変わった。
「どういうことですか!?」
「すみません……実は前の住人が失踪した後、怨霊退散の儀式は“失敗”した可能性があるんです!!」
第三章──退散しきれなかったモノ
壁を叩く音が、どんどん激しくなる。
ドンッ! ドンッ!! ドンッッッ!!!
そして、クローゼットから低い声が聞こえた。
「……まだ、いる……まだ……ここに……」
「ふざけんな!!」
翔太はドアを開けて逃げようとした。
しかし、玄関のドアノブが異常なほど熱くなっていて、開けられない。
「開けろ!! 開けろ!!!」
振り返ると、クローゼットの隙間から手が伸びてきた。
「……ここに、いさせて……」
叫びながら翔太は玄関を蹴破り、外へ転がり出た。
息を切らしながら、後ろを振り向く。
──部屋の窓から、黒い人影がこちらを見ていた。
その口元が、ニヤリと笑った気がした。
終章──告知事項の本当の意味
翌日、不動産会社に連絡を入れ、翔太はすぐに退去を申し出た。
しかし担当者は、申し訳なさそうにこう言った。
「……すみません。実は私どもも、告知事項については全て把握していませんでした」
「は?」
「その部屋……最初の住人が『壁から人が出てくる』と通報したのが始まりです」
「……最初の住人?」
「はい。以降、入居者が皆行方不明になり、神主を呼んで怨霊退散を試みたのですが……」
担当者は、言葉を詰まらせた。
「……退散したはずの霊が、住人に憑く形で残っているそうです」
「……何言ってるんですか」
「もしかしたら、森田さんももう手遅れかもしれません」
「ふざけんな!! 俺は無事に逃げてきたぞ!!」
「いえ……」
担当者は震える声で言った。
「実は昨日、森田さんが逃げた後に大家さんが様子を見に行ったんです」
「……それが?」
「大家さん、クローゼットの中を確認したらしいんです」
「中に……何があったんですか?」
担当者は泣きそうな声で答えた。
「“怨霊退散”のお札が真っ黒になって剥がれていたそうです……」
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